
2004年に彩の国シェイクスピア・シリーズ第14弾 オールメール・シリーズ第1弾として上演された作品の再演ですが、今回初見でした。
「間違いの喜劇」以来、小栗旬くんはかなり気になる存在。私の周りにもこの舞台を観て小栗くんにヤられちゃう人続出で早く観たかったのですが、評判通り、ほんとに魅力的なオーランドー。
「お気に召すまま」
8月10日(金) 6:30pm シアター・ドラマシティ 1階3列上手
演出: 蜷川幸雄 作: ウィリアム・シェイクスピア 翻訳: 松岡和子
キャスト: ロザリンド 成宮寛貴/オーランドー 小栗旬/前公爵 吉田鋼太郎/タッチストーン 田山涼成/ジェイクイズ 高橋洋/シーリア 月川悠貴 ほか「お気に召すまま」は数あるシェイクスピア喜劇の中でも最も美しく、幸福感にあふれていると評されている戯曲なのだとか。場面のほとんどが木々に覆われた美しいアーデンの森で展開される物語は、シェイクスピアの喜劇らしく、冷静に考えると「おいおい」っていうようなツッコミどころもいっぱいです。いくら男装してると言っても、愛しい恋人なら、ましてや血をわけた父娘ならわかるでしょ、とか、オーランドーとアダム、ロザリンドとシーリアとタッチストーン、あんなに沢山の荷物持って出奔したのに、2組とも空腹過ぎて行き倒れるって、食べ物持って来なかったの?とか(笑)。けれども、色んな恋模様、人間模様を描きながら、笑いあり涙ありで絵に描いたようなハッピーエンドに至るまで、目にも心にもとても楽しい舞台でした。
シェイクスピアの恋の戯曲は、セリフがいつも詩情豊かで美しいのですが、この「お気に召すまま」は特にそれが印象的。
「恋とはため息と涙でできてるもんだ。恋とは忠実な心と献身でできてるもんだ。恋とは気まぐれな空想でできてるもんだ・・・・・今のおいらがそうだ、フィービーが恋しくて。」というシルヴィアスの台詞で始まる、フィービー、オーランドー、ロザリンドの4人がそれぞれ恋心を独白するシーンは、情感あふれる切ない場面。舞台上手の大きな木の下に佇むオーランドーが
「僕はロザリンドが恋しくて」と瞳にキラキラ涙をためてつぶやくと、こちらまでウルウル

あら、私も小栗くんにヤられちゃったかしら?
その小栗旬。手足が長くスラリとしたビジュアルはもちろん、声も以前よりすごくよく出ているし(元よりいい声だし)、ステキな役者さんになったな。蜷川さんのお芝居に出始めた頃は、プチ藤原竜也のようなイメージだったのですが、完全に“小栗旬”を確立した感じ。今回特に印象的だったのは、その身のこなし、動きの美しさ。身体能力に優れているだけでなく、きっとすごくトレーニングしていると思います。ただ立っている、さり気なく座っている姿が美しい上に、逆立ちして巨漢レスラーを倒す激しいアクションから森を走り木に駆け登るシーン、そして、最後のダンスの手足のしなやかな洗練された動きには見とれてしまいました。
コケティッシュなロザリンド 成宮寛貴。男性が女性を演じて、さらにその女性が男装をするという難役ですが、変わり目もおかしく可愛らしく、表情豊かで活き活きとした、ちょっぴり勝気な恋するロザリンドを描き出しています。些か滑舌が悪いのがザンネン。
月川悠貴のシーリアの美しさは女性にしか見えません!いや、女性以上かも?顔はもちろん、身のこなし、しぐさまで。爪も色とりどりのネイルアートで彩られていました。表情豊かなロザリンドと対照的にクールなシーリアが、にこりともせず時折見せる大胆さが笑いを誘っていました。
シェイクスピア・シリーズに欠かせない吉田鋼太郎。相変わらず朗々としたよいお声で存在感抜群。森の中の出会いのシーンでオーランドーを抱きしめる場面では、そのまま小栗くんの役者としての成長を喜んで見守っている父のような眼差しに感じました。オーランドーと兄オリヴァーの争いを泣きながら止める老僕アダム 岡田正の誠実な表情もとても印象に残っています。

エピローグのストップモーションが解放された時、小栗旬くんは涙をぬぐって吉田鋼太郎さんに何かつぶやいていました。あのナミダの意味は・・・


座席は3列30番。センターブロックの上手通路脇で、オーランドーが駆け抜けるたびに風がふわりと頬をなでるし、ジェイクイズのマントは肩に触れるし、最後の独白は洋さん、真横に立っているし・・・幸せでしたぁ



プログラムは白+迷彩バッグ緑 or 黒+迷彩バッグ茶の2パターン。うーん、プログラムは白がいいけど、バッグは茶の方が好き・・と散々迷って黒をチョイス(いや、別にバッグ持ち歩かないけど)。
ひと目ぼれにあらずば恋にあらずのごくらく度
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