坂東玉三郎 特別舞踊公演 「京鹿子娘二人道成寺」 道行より押戻しまで
白拍子花子: 坂東玉三郎
白拍子花子: 尾上菊之助
大館左馬五郎: 市川海老蔵
2月17日(日)2:00pm 大阪松竹座 1階5列センター
昔、宝塚が好きでよく通っていたころ、フィナーレ近くになって舞台奥から大階段がせり出してくると、「ああ、もう終わっちゃうんだ」と悲しい気分になったものでした。そんな感情を久しぶりに思い出した松竹座の舞台。鐘が大階段と同じ存在(大階段と違って鐘は最初から舞台上にありますが、その存在がクロースアップされるという意味で)。いつまでも観ていたかった・・・。憎らしい鐘・・花子さんではないけれど、鐘に恨みは数々ござる、です。
鐘といえば、玉三郎花子が鐘をキッと見据える目がとても好き。恨みというか、怨念の中に哀しみと妖しさの情念の炎が燃えるような目つき。もしも私が鐘だったら、あんな目で見据えられたらイチコロ、どすんと落ちてしまうでしょう。
シネマ歌舞伎でこの演目を初めて観た時、最初に花道で二人の花子が並び立つ場面で鳥肌が立って、訳もなく涙がポロポロこぼれました。これをこの目でナマで観る日がくるなんて・・・で、
案の定泣きました
「キレイ」とか「華麗」とかいう言葉では表現しきれないほどの、空気感まで支配するかのような二人の花子が繰り広げる超越した陶酔の世界に、劇場全体がすっぽりはまってしまったかのようでした。
このお二人の「京鹿子娘二人道成寺」は平成16年と平成18年の歌舞伎座に続いて3度目の上演ですが、1回ずつコンセプトが違うのだとか。シネマ歌舞伎になったものは平成18年の公演のものですが、花子の光と影、陽と陰を二人が踊り分けていたように感じたのに比して、今回はより“一人”になったという印象を受けました。二人の踊りの違いも以前ほど際立って感じませんでしたが、これは菊之助花子の精進の賜物か、はたまた目の前で観る花子の魔力に私の目も心もすっかり奪われてしまったためか定かではありません。鈴太鼓の踊りに象徴されるように、菊之助花子が一人で踊る場面が多くなっているのも印象的でした。
『オレの親父の市川團十郎が幾度と勤めし十八番、歌舞伎の花の押戻し』と自ら名乗って登場の大館左馬五郎(市川海老蔵)はさすがに力入っていて堂々たる押戻しぶりでした。この押戻しがついたこの三人の奇跡のようなこの演目を組んでくださった松竹さんに感謝。
三門の場面も菊之助花子一人なので、玉三郎花子の声を聴くことは最後までありませんでしたが、大詰め、蛇体となった二人の花子(清姫の亡霊)が鐘に上ったところで、「はっ」っという玉三郎清姫の掛け声をきっかけに全員が見得を決めて幕を迎えます。さすが座頭、カッコイイ!
この日は「大和屋のあにぃ」と言ったように聞こえたのですが、空耳かしら?
それにしても同級生の菊ちゃんは呼び捨てっていうのも海老蔵さんらしいですね。
もう1回観たいけどチケット完売でピクリとも動かずのごくらく地獄度









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言いました言いました♪
海老蔵さんの左馬五郎が出てくるだけで、雰囲気ががらりとかわりますね。いやぁ〜本当に面白い!!
松竹さん、松竹座さん、もうみ〜〜んなに感謝です。もちろんスリーショットも買いましたよ〜〜♪
あれ?親子獅子のツーショットってあったかしら???
>鈴太鼓の踊りに象徴されるように、菊之助花子が一人で踊る場面が多くなっているのも印象的でした。
いつまでたっても出てこられないので,どよどよどよとなってました。
>1回ずつコンセプトが違うのだとか。
同じことはなさらない丈の姿勢にまたまたひれ伏してしまいました。歌舞伎は大衆芸能。おもろうてなんぼのもんと思いました。
南座の反動が怖いです。芸術至上主義で置いてゆかれたらどないしょましょ。
昔、子供時代の新之助くんが玉三郎さんのことを「おじさん」とか「おじちゃん」とか呼んでいたような記憶があったので、あれ、にいさんに変わったのかなと一瞬感じました。もっとも、年齢はともかく、おじさんは似つかわしくないですね。
拙ブログへのコメント&TB、ありがとうございました!すてきな記事読ませていただき、これまたありがとうございます♪♪素晴らしい席でのご観劇だったのですね・・・うらやましいです。
ホントに、あの涙は・・・あの胸に迫る、こみ上げる感情はどうにも説明しづらいモノですが「えぇい、涙で視界がボヤケルのが悔しい」とうれしいのにイラついたりしてしまいました(^^;
私も「アニィ」か、「アニキ」か、そんな言葉だった気がします。。。大向うさんがお一人もかからなかったのだけが残念といえば残念な気もしますが、言葉で表現しつくせない宝物のような記憶をいただきました。
素敵な舞台を観劇(感激)なさったんですね。
歌舞伎座の時以上に心に残る京鹿子娘二人道成寺だったんですね。近ければ観にいきたかった〜
3人の舞台写真!!
良いなあ〜
スキップさんのブログ読んだらますます私も欲しくなりました〜(^^)
シネマ歌舞伎と劇場の至近席(いえ、危険席)でご覧になった、それぞれの感動が痛いほど伝わってきましたよ〜。
> この押戻しがついたこの三人の奇跡のようなこの演目
スキップさんのように長年観てこられた人にとってもそうなのですね! 私も今回観られて幸運でした。歌舞伎の素晴しさがギュギュギュッとつまった見応えたっぷりの舞台でした。大館左馬五郎の名乗りの内容もようやくわかってウレシイです。ありがとうございます。
3月もまた危険席での観劇ですか?(笑)
やっぱりぃ?
皆さん「大和屋の兄さん」と書いていらっしゃったので「あれ?」と
思ったのです。海老蔵さん、中日を過ぎて少しこなれて来たのかしら(笑)。
押戻しがつくと別の物語が加わったようで、ほんとにグンと厚みがつきますね。
しかも演じるのが荒事十八番の成田屋ですから。
そういえば親子獅子のツーショットはなかったような・・・。
蓮念遍念のツーショットは買ったのですが。
美しいばかりでなく、常に精進を重ね進化し続けていらっしゃる
姿勢が、私たちの心をとらえて離さないのでしょうね。
そして、菊之助さんも海老蔵さんも、その玉三郎さんに選ばれし者
たちなのだなぁ、とスリーショットを観て思いました。
観る側の私たちは、その精進には足元にも及びませんが、せめて澄んだ目と
響く感性は持ち続けたいと思います。あ、もちろんミーハー心も(笑)。
やっぱり通常は「兄さん」なのですね。
確かに「おじさん」という言葉は玉三郎さんのイメージにはないように
思います。でも小さい子供にとっては、大人はみんな「おじさん」「おばさん」
だったりするんですよね。
それが自分も大人になって、同じ土俵の上に立つようになって、こうして
サシで渡り合ったりもするって、やっぱり歌舞伎ワールド果てなし、ですね。
遠くにお住まいのcocoさんと偶然にも同じ日に松竹座で同じ感動を味わい、
同じ感涙にむせび、今またこうしてブログを通じて交流できることは
とてもうれしいことです。これも花子さんのお引き合わせでしょうか。
>「えぇい、涙で視界がボヤケルのが悔しい」
(~o~) 同じです〜。
「もう、ひとつも逃さず観たいのにぼやけて見えないじゃん、私!」
とわが涙を呪いました(笑)。
そういえば、大向うさんの声、聞こえませんでしたね。
松竹座でもあれはやはり珍しいです。
あまりの人気ぶりにさすがの大向うさんもチケット手に入らなかったとか(爆)。
ほんとにほんとにすばらしかったです。
私は2回の歌舞伎座公演を観ていませんので、去年の11月に
この公演が発表されてからテンションあがりっ放しです。
この役でのスリーショットは本邦初公開ですものね。
目と心に焼きつけたナマの舞台も、舞台写真も、末代までの家宝に
いたしまするぅ。
歌舞伎を気合を入れて(?)観始めたのは最近のことなので、
長年っていうのはあてはまらないのですが、私の歌舞伎観劇史上
燦然と輝く作品となりました。シネマ歌舞伎であれだけ感激した
のですから、ナマの舞台なら推して知るべし、ですよね。
唯一の心のこりは、手ぬぐいが飛んで来なかったことかな(笑)。
昨日はお目にかかれてうれしかったです。
聞き逃していた海老蔵さんの台詞がこちらで解ってもやもやが晴れました。有難うございます(^^♪
今回の玉様はとても淡々とした心境で踊っておられるようにも見えました。透明感があるとでも言えばいいのでしょうか。不思議で美しい生き物を拝見したような気になりました。
ようこそお越しくださいました。
こちらこそ、昨日は思わずご挨拶ができてうれしかったです。
私はシネマ歌舞伎しか観ていないのですが、なるほどおっしゃる通り、
玉三郎さん花子はシネマ歌舞伎の時の方が喜怒哀楽の表情豊かというか、
より生身に近い感じでしたね。
今回は、何だか妖しくも神々しいような印象を受けました。
きっとずっとお近くでご覧になっていらっしゃったのでしょうね。
遥か遠く3階からでもメロメロになってしまいましたから…。
実は軽い気持ちで観に行ったんですが、観終わって、
こんな素晴らしい舞台を観られた私はなんて幸せ者なんだ!と
深く心に刻みました。
もう1度観てもきっと泣くと思います。
ただただ美しいものを目の当たりにすると涙って出るんだなぁと
実感しました(笑)。
少し大げさにいえば、この3人と同じ時代を生きていられること、
この舞台の感動を共有できることの幸せに感謝せずにはいられません。