身毒丸 復活
作: 寺山修司/岸田理生
演出: 蜷川幸雄
出演: 藤原竜也 白石加代子 品川徹 ほか
2月27日(水) 7:00pm シアター・ドラマシティ 9列下手
「母札なら、僕が持っている」
「聴こえないこだま」「ひとり聴くこだま」
「ともに聴く人のいないこだま」「ともに聴く人のいないこだま」
「うしろから聴こえるこだま」「うしろから聴こえるこだま」
“家族4人”で家族合わせをする中、身毒丸だけが抜け出し、舞台の上と下に分かれた撫子とのセリフの掛けあいを聴いただけで、「このお芝居好き!」と思いました。
幼くして母を亡くした身毒丸(藤原竜也)と、家とはこうあるべきと考える父(品川徹)によって母として買い与えられた撫子(白石加代子)との、宿命ともいえる出逢いと愛憎を、独特の耽美な世界観で描いた作品。観終わって最初に思ったことは、15歳の藤原竜也−秩父から出てきて池袋でスカウトされた演技なんて全く経験のないサッカー少年だった−がよくぞこの役を初役で勤めたということ。それも大絶賛で。そして願わくば、その竜也少年の演じる身毒丸を観たかった、ということでした。
母と女の間で揺れ動く撫子の心の葛藤が、亡き母を慕って自分を拒絶しつづける身毒丸に対して情念の憎悪となって噴出していく様は、白石加代子の鬼気迫る演技とも相まって、目にも心にもすごいパワーで迫ってきます。たぶん出逢った最初から身毒丸を男として意識していたであろう撫子に対して身毒丸は?・・・これもあの見世物小屋で目が合った瞬間、撫子が髪を下ろした瞬間に恋に落ちたように感じられました。おそらく身毒丸にとっては初めての感情で、自分で自分の想いを持て余し、「亡母への恋慕」に無意識に逃避したのではなかったか・・・と考えながら、これはもしかして今の藤原竜也が醸し出す雰囲気がそう感じさせるのではないかとふと思いました。15歳の竜也少年演じる身毒丸を観たら、また違った印象を受けたのではなかったかと。
寺山修司が若干苦手なこともあって、この作品のもつ世界観が理解できたかといえば、正直に言って自信ありません。しかしながら、この舞台が放つパワーや凄味のようなものは十分感じ取ることができました。
冒頭。
-二階建ての舞台上方に等間隔に並んだグラインダーがグィーンと音をたてながら一斉に火花を散らし、その火花が美しい放物線を描いて舞台上に落ちてくる。
-舞台奥から一人ひとりが絵画的ともいえる装飾をほどこした異形の者たちが一列に並んでそろそろと、観客の目前にまで迫ってくる。
これらを映像で、カメラワークであちこち切り取られた映像で観てもあれほどのインパクトは受けないと思います。交錯する光と闇、極彩色の異形の者たち、どこかノスタルジックな音楽−視覚、聴覚、臭覚・・・五感すべてを使ってこの舞台を肌で感じよという蜷川さんのメッセージが込められているかのようでした。ロンドン公演では字幕なしの日本語上演で大喝采を浴びたと聞きましたが、さもありなん。蜷川幸雄、やはり稀有の演出家です。
身毒丸が、仮面売りからどこにでも行ける不思議な穴を借りて、死んだ母に会いに地獄(黄泉の国?)へ行く場面も、藤原竜也の細やかですばらしい演技もあって、一瞬の闇のまさにその刹那、観ている私たちまで穴に落ちていくような錯覚にとらわれますが、これも全部見渡せる舞台ならでは。役者の表情のアップなどを映し出されては、この感覚は味わえないのではないかしら。
稀有の演出家と稀有の役者が揃えばこんなにチカラのある舞台が出来上がることにとても感動しました。以前、野田秀樹の『ロープ』を観た時、言葉のもつチカラを感じて書いたことがありましたが、言葉のチカラと舞台のチカラ、その2つを感じた舞台がともが藤原竜也主演であることも不思議な符号です。

直感的に青を選んだけど、中のプログラムはトートとは逆の色。プログラムも青がよかったなぁ。プログラムの表紙には何気にカミキリムシが。
ほんとにやさしい笑顔を見せてくれました。あの微笑みにヤラレちゃうのよね〜。
身毒丸は18歳。18本の釘を打つのごくらく度
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ご無沙汰しています。ワタクシは赤トートに青表紙にしました。
実は初見です。唐版滝の白糸,近代能楽集の弱法師は拝見しているのですが,こちらの方が原典ですね。蜷川実香さんの映画みたいと思いましたが,それもこちらがオリジナル。今の演出はずいぶんそぎ落とされた感じがします。
それにつけても白石さん怖かったですね。ビューティークイーンは役不足でした。
そうですね、この舞台から感じ取るものって、
映像ではとてもとても味わえないものがありますね。
それが舞台のチカラですか、なるほど!
最初から海外公演ありきではなかったと思いますが、
海外を意識したような挑戦的な舞台演出のようにも
思えました。それがみごとに的中?
さすがの舞台でした。
わたしは赤トートのほうです♪
あ、とみさんは赤トートでしたか。
舞台をつくるとはこういうこと、と示されているような演出でした。
あの歌声、聴き覚えあるんだけど、と思っていたら藤圭子さんだったり。
蜷川さんの細部に渡るこだわりを感じます。
白石加代子さん、ほんとにコワカッタです(笑)。
あれに比べたたら、ビューティクイーンなんて可愛らしいおばあちゃんでしたよね。
まぁ、しろうさんも赤派。
私もそっちにすればよかったとちょっぴり後悔。
蜷川さんの舞台はシェイクスピアにしてもギリシャ悲劇にしても
ジャパネスクを意識した衣装や装置、演出が目立ちますが、
この『身毒丸』の舞台は、あの仏壇のある部屋や家族団欒の
茶の間など押さえたトーンで、私たち日本人にどこか懐かしさ
を感じさせるような雰囲気が出ていましたね。
それに対してオープニングの異形の人たちや身毒丸が迷い込む
地獄は極彩色。
ほんとに蜷川さん、やってくれますよね。
こんばんは♪
私もやっと昨日観てきました。
竜也くん大丈夫かって少しは心配しておりましたが、もうまったくもってそんなことを払拭の舞台でした。
本当にパワーがある舞台でした。
視覚・聴覚いろんな感覚を刺激されました。
これは映像ではやっぱりない、生の舞台のよさでしょうね。
本当に「舞台のチカラ」にやられてしまいました。
>あの微笑みにヤラレちゃうのよね〜。
はい、やられてしまったのは・・私です(笑)
ちなみに私は赤トート!!
目の前に繰り広げられる世界はもちろん、観る側のイマジネーションを
刺激してくれるという意味でもすばらしい舞台で、こんなものに出会える
から、ナマの舞台を観るのはやめられませんね。
竜也くん、「しんとく」の時もカーテンコールの時も、ほんとにステキでしたね〜♪
もこりんさんも赤。
ここにコメントしてくださる方は皆さん赤トートです。
私も赤にすればよかったと今さらながら・・・(泣)
きゃーーっ、私、コメントし忘れてましたっ(汗)。
先日コメント頂きましたが、本当にスキップさんの感想は
「うんうん」と何度も頷いていしまいました。
もともとは武田真治が演じてた舞台ですが、私にとっては、
藤原竜也×白井加代子以外には、もはや考えられません。
常々、実際の上演時間と、観終わったときに感じる“時間”は
必ずしも比例しない、って思っているのですが、この身毒丸も、
観終わった時に実際の上演時間以上の充実感が感じられる舞台だと思いました。
不思議ですね、舞台って。
こちらこそ、みんみんさんの感性あふれる鋭いレビューにいつも
感心して刺激を受けています。
>実際の上演時間と、観終わったときに感じる“時間”は必ずしも比例しない
これもほんとにそのとおり。舞台って不思議ですよね。
“みんみんさん名言集”に入れておきます(笑)。
今でこそ身毒丸=藤原竜也くんそのものというイメージですが、
武田真治くんが唇の端をちょっと上げてクールに笑っている「身毒丸」
の赤いフライヤーがとても印象に残っています。
舞台はどんなだったのでしょうね。
> 五感すべてを使ってこの舞台を肌で感じよ
> という蜷川さんのメッセージ
蜷川さんのメッセージをもらさず受け止めるには、私たちのほうにも感じるチカラが必要なんですね、きっと。それは野田さんの舞台でもいつも感じます。そんな二人の演出家からオファーを受ける藤原竜也くんって、やっぱり力のある役者さんなんだ〜。「かもめ」にも期待してみましょう。あ、私も青トートですよ。
青トートのお仲間がいてうれしいです(笑)。
蜷川さんの舞台を観るのは精神的にも肉体的にも(笑)体力が必要ですね。
体調が悪くては五感を研ぎ澄ますことなんてできませんから。
小栗旬くんや高橋洋さんが今のところ蜷川さんの“純粋培養”なのに対し、
藤原竜也くんは野田さんをはじめいろいろな方の舞台での活躍も目立ちます。
昨年の『ヴェニスの商人』でも新しい一面を見せてくれましたが、『かもめ』
ではまたどんな魅力をふりまいてくれるのでしょうか。楽しみです。
藤原くん初演版、一度だけ見ています。
記憶はかなり薄くなっているのですが、やはり今の彼が演じているとの、印象がかなり違って見えました。
あと改めて背が伸びたな、と(笑)昔はあんなに白石さんと身長差が無かったです。
こんにちは。
青トート、同じですね。
15歳の藤原竜也くん初演版をご覧になったのはとてもうらやましいです。
時が遡れるのであれば私も観てみたい・・・映像ではガマンできない性格なので(笑)。
身長差が・・・なるほど、そうですね。
プログラムで、「グラインダーの火を怖がる僕を白石さんが『大丈夫よ』と
守ってくださったんですよ」と竜也くんが初演の頃のことを語っていましたが、
それが今やエスコートですものね(笑)。