もうずい分昔に信貴山で「戒檀めぐり」というものを経験したことがあって、これは本堂の真っ暗闇の地下道を一巡するもので、1歩前を行く人の背中も見えない漆黒の闇の中、壁に這わせる自分の手の感触だけを頼りに道を進むのですが、この時ほど何も見えないことを怖いと思ったことはありません。現代に生きる私たちは“漆黒の闇”というものを知りません。月明かりのない夜も無数のイルミネーションが街を照らし、家の中を見渡せば多くの電子機器がたとえ寝静まった真夜中でも緑や赤の小さな光を放っています。だから、今もし漆黒の闇の中にひとり放り出されたら、そしてその闇が永遠に続いたら・・・そんなことを考えて、語り手の盲太夫(壌晴彦/すごく名調子!)の、「あたしら盲人は、目明きの人みたいにうっかり池に落ちるなんてことは絶対ありやせん」という言葉がとても説得力を持って感じられました。眼が見えることで却って多くのことを見落としている、そんな私には想像もつかない鋭い感性を持った漆黒の闇の住人達が舞台の上で活き活きと生きる物語。「藪原検校」
6月10日(日) 1:00pm シアターBRAVA! 1階G列センター
作:井上ひさし/演出:蜷川幸雄
出演:古田新太・田中裕子・段田安則・六平直政・梅沢昌代・山本龍二・神保共子・松田洋治・景山仁美・壤晴彦
ギター演奏:赤崎郁洋
−因果な生い立ち 非業の最期−古田新太演じる杉の市こと二代目藪原検校が稀代の大悪党とは思えないのは私のふるちん贔屓のせい?お市殺害を周りの人間に見られてオロオロする姿に「かわいそう」とすら思えたくらいです。いや、古田新太の演技が悪人になり切れていないとかそういった問題ではなく、血なまぐさい残虐なドラマであるにもかかわらず、全編を流れる生命力とか逞しさ、ある種の明るさのなせるワザでしょうか。
紛うことなき悪人なれど、どこか憎み切れない愛嬌を持つ一面と、ドスの効いたセリフを吐き残虐で冷酷な顔の二面性を自在に演じていた杉の市ですが、印象に残ったのは、初めて人を殺してしまった後、母のお志保(梅沢昌代)を頼っていく場面の弱々しさやかわいらしさ。あんなふるちん、久しぶりに観たな。
大熱演で思わず拍手してしまう「早物語」ももちろんハイライトではありますが、この舞台のキモは塙保己市(段田安則)との2度の場面にあると見ました。晴眼者と対等になりたい、見返したいために、金に執着し悪の限りをつくす杉の市と、同じ盲人でありながら晴眼者以上に品性を磨き、学究の道を行く保己市。相容れないと思われた二人が何かしらの心を通わせていく様を二人の台詞の応酬だけで魅せる場面には引き込まれました。
段田安則は6役を演じていますが、それぞれがくっきり別の人物になっていて本当に上手い。セリフも歌も朗々。7役を演じる六平直政が、対照的にどの役を演じても“六平調”が色濃く出ているのもまた個性的でおもしろかったです。お市の田中裕子は「ペリクリーズ」の時と打って変わって、悪女で自堕落な感じながら妖艶で、“情欲”という言葉がぴったりです。
舞台上に網目のように張り巡らされたロープは目が見えないことの障害を表わしているのかと推量しましたが、原作の戯曲にある通りなのだとか。薄汚れた戸板に囲まれた空間、舞台上に常駐する役者、人形を使った三段斬りの血の演出、いずれもどこかで観たことがある印象で、思いの外オーソドックスな仕上がりでした。
カーテンコールには蜷川さんご登場のごくらく度









![Powered by 269g[ブログ・ジー]](http://269g.jp/img/269g.gif)
この舞台、やっぱり段田さんが良かったですね〜。
もちろん古田さんも良いのだけど、あれだけの
多くの役を、きっちり演じ分けられていて、
改めてすごい役者さんなんだなーと思い知らされました。
朧の森の頃からよく目にする「悪人というのは人間味がある」
というフレーズ。染様がよく言っていたように思いますが
それを改めて想いだした作品でもありました。
信貴山・・・思い出していました。(随分前に行きました。)
暗闇の中で目を開けている「真っ暗」と
目を瞑っている「真っ暗」では違うんだなあ・・・と感じつつ
暗闇の中で響くギターの音が一番心に残った舞台でした。
・・・ってことは何かい?!他は・・・?!
・・・なんですけど、体調悪くてあんまり記憶なし。
ああ、終わりかあ・・・で、椅子からひっくり返る
ほどの驚きラストで・・・ってことで
記憶には・・(笑)残る舞台でした(笑)
段田vs古田
見応えありましたっっ!
兵ども(出演者)の演技に虜になってしまって、
作者の視線をキャッチ出来ず…。
盲人社会を通じて、東北と中央を論じている。という
井上ひさし作品らしい、厳しい視線を…。残念だぁ
杉の市と母の場面はホロリ…。
悪党でギラギラしたふるチンかと思いきや…あれれ?
悪人なのに、「こうやって生きていくんだ!」って言われて、
「そうだね」って返事してしまいそうな杉の市。
作者の意図にバッチリだったのね。
和服姿のふるチンに弱くって、
あの「肩」!肉質のよさそうなプヨっぽそうな(笑)
あれにラリラリ〜。
目と鼻の先では『魔法の万年筆』を上演してるのに(渋谷で)、
あまりに描いてる世界が違い過ぎて…。グハ
芝居ってオモロイぃ。
オープニングの三味線音色のギターに魅せられてしまいましたー。
壌さんの浄瑠璃風の語りも雰囲気をかもし出していたような気がします。
古田さんの杉の市はモチロン!ですが、段田さんが多数演じる
間逆な役どころがとても良かったです!
色んな意味で衝撃的でしたが、民衆が吊られている検校を見ながら
残酷な詞を楽しそうに歌う光景は、その時代の盲人社会に対する見方の
あらわれだったのでしょうか。
杉の市、大阪殴りこみですね!(違)
古田さんも段田さんも、みなさん魅力全開で、
とっても面白くて、且つ深い舞台だったなあ、と思います。
あの、最初に全身で感じる闇の演出、
私的にはとても印象的でした。
大阪がもっと近かったら、もう1回観に行ったのに(涙)。
東京公演の記事とTBさせていただきましたv
私の次の古田さんは「犬顔家〜」、これもまた楽しみです!
>古田新太演じる杉の市こと二代目藪原検校が稀代の大悪党を......っていうキャッチコピーがよくないと思います。元々そういう役じゃないと思いましたけど、そういう文句に期待して集客力のさらなるアップを図るというあまりよくないやり方です。そちらにばかり期待が大きいと肩すかしをくう人もいるのじゃないかと思ってしまいます。
>相容れないと思われた二人が何かしらの心を通わせていく様を二人の台詞の応酬だけで魅せる......そうしておいて最後に保己市は残虐な処刑をさせる。そのねらいは何かとまた考えさせられました。
>古田新太と段田安則の役へのアプローチの違い.......それも大きく貢献してくれていました。
井上作品の底の深さを蜷川さんは丁寧に演出され、役者さんたちの熱演もそれを具現化していたと思います。井上ひさし×蜷川幸雄でまた組んでいただきたいです!
段田安則さんはほんとにいい役者さんですね。
口跡いいし、声もステキですし。
ちょっと冷たい感じが出せるところも気に入っています。
段田さんだけでなく、このお芝居は3人を除いてみんな複数の役を
演じていて、それなのに観ている方は混乱することもなく、いかにも
蜷川さんのキャスティングした“少数精鋭”という感じでした。
よかった、あの信貴山の真っ暗闇をわかってくださる方がいて。
体調悪くて残念でしたね。私も前に「オイル」観た時、39℃くらいの熱
をおして行ったので朦朧(←この漢字を見ると今でもキュンとします)
としていてよく覚えていません。あの松たかちゃんの熱演も竜也くんの
美しいお顔も幻。惜しいことをしました。かずりんさんがおっしゃる通り、
ほんとに「体調管理も観劇のうち」ですよね。
う〜ん、そうですね。私もその厳しい視線というのはあまり感じられなかったかなぁ。
(ふるちんLove目線で観ていたせいもある。)
プログラムの「今昔盲目物語」に座頭市のことが載っているのを読んで、
ふるちんで座頭市を観てみたいと思いました。
立ち回り上手いし、色気もあるし、勝新太郎さん同様ちょっぴりふっくら
だし(笑)、イケると思うのですが。
あの赤崎郁洋さんのギターは生唾モノでしたね。
私も最初三味線かと思いました。
> 民衆が吊られている検校を見ながら
> 残酷な詞を楽しそうに歌う光景は、その時代の
> 盲人社会に対する見方のあらわれだったのでしょうか。
盲人社会というより、罪人とか自分より下のもの、弱い者に対する感情
のように思いました。本当は自分たちだってギリギリのところで生きている
けれど、まだ下がいる、というような・・・ああいうふうに派手な見せしめを作る
ことで、支配者側がそれを煽っていた面もあるのでしょうね。
演出も役者さんも力の入った舞台は、観る方もパワーが要求されますね。
千秋楽だったので、カーテンコールでは皆さん(蜷川さんも含めて)
開放されたような明るい笑顔だったのが印象的でした。
この日たまたま楽屋を出る古田さんに遭遇したのですが、黄色いTシャツに
ハーフパンツでしたよ。先ほどまでの極悪ぶりはどこへやら・・・このギャップが
ふるちんですよねぇ。「犬顔」ではどんなはじけぶりを見せてくれるか、
これまたとても楽しみです。
観劇後、ぴかちゅうさんのレポを読ませていただいて、もう少し違った見方も
できるような気がして、もう1度観たくなりました。
保己市がこの上ない残虐な処刑法を提案したのは、杉の市に最期の花道を
与えてやりたかったからなのでは、と私は思いましたが、あまりにも穿った見方
でしょうか。そんな心の結びつきが二人にはあったのだと信じたいのです。
だからこそ、残酷な方法での処刑→人心を引き締めて平安な社会にするため→そのことで杉の市を生きた価値があった存在にするという文脈で自分のブログに書いたつもりだったのですが、言葉が足りなかったように思います。
本人が目立つとはいっても「三段斬り」=ストレートに最期の花道だとするとやっぱり無理がある気がしたので、三段論法的に考えると自分で納得がいった次第です。三段のシャレではありません(^^ゞ
すぐ再演とかならないと思うので、戯曲をなんとかGETして読みたいです。絶版なので古本屋でしっかりチェックしようと思ってます!
お見事な三段論法・・・読み切れずにこちらこそ失礼いたしました。
> 人心を引き締めて平安な社会にするため→そのことで
> 杉の市を生きた価値があった存在にする
私自身うまく言葉が見つからずにいたことをズバリと言っていただいて
スッキリしました。
絶版の戯曲、入手されてお読みになったらまたぜひご感想聞かせて
くださいね。素晴らしいと噂に聞く木村光一さん演出版も観てみたいですね。
杉の市と保己市が一度心を通わせたように見えただけに、ラストの保己市の真意が測りかねるのですが。保己市は杉の市に対して友情と憎悪の両方を抱いていたのだと、私には思えました。
それにしても古田さんと段田さん、対照的という点ではもうピッタリの二人でしたね!
でもどこか愛嬌のある、憎めない悪だったので、
お市殺しを目撃されて狼狽する姿に同情してました。
早物語では汗をかいての大熱演でしたね。
あんなに”一杯一杯”になってる古田さんを観たのは、
初めてかも。(笑)
色々と考えさせられてしまう内容でしたが、
ラストの毒々しさが嫌味にならなかったのは、
古田さんのキャラのおかげでしょうかね♪(笑)
善光寺は有名ですが、鞍馬寺にも「戒檀めぐり」があるとは知りませんでした。
今度行ってみようっと(怖いもの見たさ)。
保己市の杉の市への思いは確かに友情と憎悪の両方だったのかもしれません。
ただ、ラストについては、これまでの憎悪を表現した形というよりはむしろ、
いずれにしても処刑される運命の杉の市に、より民衆の心に焼き付ける形の
処刑方法にすることで、最期の花を咲かせてやった、というふうに私は感じました。
古田さんと段田さん、こんながっぷり四つに組んだお芝居をまた見せていただき
たいですね。
よくも悪くも古田新太につきるお芝居でしたが、あの愛嬌を出せるところは、
蜷川さんもキャスティングしてやったり、というところでしょうか。
「早物語」は私、字幕があることも忘れてふるちんばかり観ていて
内容があまり入らなかったので、できればもう一度聴きたいです。
今回に限らず、どんな悪役でも残忍なことをしていてもつい「許してあげて」
と思ってしまうのは、やっぱり私がふるちんLoveのせいでしょうかしら(笑)。