2007年11月26日

ふたつの炎

othello.jpgナミダは突然やって来た。
カーテンコール。
タイトルロールを務めた吉田鋼太郎さんはじめ全出演者がステージ上に並んだ時−胸に熱いものがこみあげてきて、舞台も客席も笑顔あふれる中、ひとり大泣き もうやだ〜(悲しい顔)
目の前で繰り広げられた救いようのない悲劇が、やはりお芝居だったのだと安堵したからなのか、あまりにもすばらしい役者さんたちの演技に感動したためか、自分でも説明のつかない感情・・・こんなことは初めてでした。

彩の国シェイクスピア・シリーズ第18弾 「オセロー」
11月17日(土) 12:30 シアター・ドラマシティ  5列上手

演出: 蜷川幸雄
原作: W・シェイクスピア
翻訳: 松岡和子
出演: 吉田鋼太郎 蒼井優 高橋洋 馬渕英俚可 山口馬木也 壤晴彦 ほか


舞台は16世紀のヴェニス公国。ムーア人の勇壮な将軍オセロー(吉田鋼太郎)は、元老院議員ブラバンショー(壤晴彦)の若き令嬢デズデモーナ(蒼井優)と愛し合い結婚し幸福の絶頂にいましたが、オセローが自分ではなくキャシオー(山口馬木也)を副官に任命したことに恨みを抱きながら忠実な部下を装う旗手イアゴー(高橋洋)によって妻が浮気をしていると思い込まされその策略にはまり、狂おしいほどの嫉妬心の中、破滅していきます。

シェイクスピアの四大悲劇と称される戯曲の中で、この「オセロー」だけ原作を読んだことがなく、舞台も初見。オセローが黒人であることすら今回初めて知る始末でした(恥)。
休憩をはさんで約4時間の舞台でしたが、ひりひりするような緊張感で全くその長さを感じさせません。オセローとイアゴー・・二人を演じた吉田鋼太郎と高橋洋の演技の迫力・・それはまるで、違う色の熱い光を放つ二つの炎のようでした。
蜷川幸雄さんは今回演出するにあたり、「美しくセクシーで、少年のように怒り、叫ぶオセローに」という意図を持っていらしたとか。それを余すところなく表現していた吉田鋼太郎。スキンヘッドにタトゥ、浅黒い肌、裸の胸にじゃらじゃら下げた大ぶりなペンダント・・・野性的な風貌がとてもよく似合って、キプロス島で船から降りて凱旋した時の白マントの軍服姿は自信に満ち溢れて輝くばかり。冒頭の議会の場でのデスデモーナとのいきさつを長老たちに説明する場面の落ち着き払った態度と、デスデモーナと向かい合った時の、彼女を手中の宝石のようにいとおしくてたまらないといった風情の表現の対比も際立っていました。

そのオセローが、“正直者”と信頼していたとはいえ、イアゴーの策略にまんまと嵌められて豹変していきます。まさに“崩れていく”という感じ。この嫉妬に狂ったオセローがまたすごい迫力ですが、どこか哀しい。聡明なオセローのこと、普通に考えればイアゴーの言葉を疑ったり、懸命な妻の言葉に耳を傾けてもよさそうにも感じます。なのにオセローは、驚くほどあっけなくイアゴーの策略に堕ちてしまう−なぜか。

愛し合いながらも、黒人で年も離れている自分が、デスデモーナのような若くて綺麗で身分も高い女の子を妻にできたことに、オセローは心のどこかに不安を持っていたのではないかしら。
これは本当に現実か、俺は本当にこの幸せを手にしたのか・・・裏を返せば、ヨーロッパのキリスト教徒の貴族社会の中で、ムーア人でありながら傭兵から上り詰めて将軍となったマイノリティとしてのコンプレックスが常にあったように感じます。イアゴーの策略はそれを意図していたかどうか、オセローのその心の歪に入り込んだのではなかったでしょうか。

そしてその劣等感のようなものはイアゴーにも見てとれます。イアゴーは登場からとても怒っています。いや、怒りというより憎しみと言ってもいいほど。彼もまた、「家柄」や「身分」という意味では階級社会から疎外されたマイノリティ。自分自身の人格や力量と別のところで評価されることに激しく憤り、何の苦労もなくそれらを手中にしている貴族達に嫉妬し、自分がどんなに努力しても手に入れることのできないものに絶望し、そしてその怒りの矛先を、自分と同じマイノリティでありながら成功を手に入れたオセローに向けています。このあたり、近親憎悪のような印象を受けました。

そしてこのイアゴーを演じる高橋洋がすばらしい。
蜷川さんのお芝居には欠かせない役者さんの一人ですが、いつも本当に変幻自在。時には激しく時には静かに悪魔のように、妻にさえ心を開いていない孤独なイアゴーを陰影のある演技で描き出しています。すべてが終わった後、捕らえられ、まるで心をどこかに置き忘れたような動かぬ表情の中、一点を見つめる瞳に光る涙には胸がしめつけられるようでした。

オセローもイアゴーも何かに怒り何かを畏れ何かに狂っている・・・張り詰めた弓のような緊張感の中にいて、沸点ぎりぎり。だけど皮肉にもその二人の沸点は温度が違っていて、重なり合うことは永遠になかったのでしょう。

可憐な容姿と凛とした雰囲気がデズデモーナにぴったりの蒼井優。しなやかで長い手の表情がとても印象的でした。セリフの口跡にはまだ幼さを感じますが、あの鋼太郎オセローを相手に一歩もひかない度胸のよさ。オフィーリアなんかも似合いそう。これからも楽しみな女優さんです。
この物語の“良心”ともいうべき存在のイアゴーの妻エミリアの馬渕英俚可。きっぷのいいおかみさんぶりで、クライマックスで真実をぶちまけ、オセローをバカ呼ばわりする場面では客席中を味方につけていました。「レッツゴー!忍法帖」の時はおきゃんなお姫様だったのに、大人になったなぁ。

蜷川さんにしては演出も舞台装置も衣装も比較的オーソドックスな印象。すばらしい戯曲と力のある役者さん達の前には余分な装飾は不要、ということでしょうか。


これまで観たニナガワ・シェイクスピアの中でmy bestかも〜のごくらく度 わーい(嬉しい顔) わーい(嬉しい顔) (total 271 わーい(嬉しい顔) vs 270 ふらふら)
ニックネーム スキップ at 01:26| Comment(14) | TrackBack(4) | 演劇・ミュージカル
この記事へのコメント
スキップさん

こんにちは♪

オセローご覧になられたのですね。
本当に私、埼玉で観て、抜け殻になりました。
またすばらしい舞台に出会えたことに感謝してしまいました。
そして何日も頭に残るイアゴー。
私が今まで観た洋さんの中で一番な洋さんでした。

>すばらしい戯曲と力のある役者さん達の前には余分な装飾は不要

本当にそれにつきます。

スキップさんのレポを読みまた頭にオセローが再演されております(笑)
ありがとうございました♪

Posted by もこりん at 2007年11月26日 11:21
オセローよかったですよね。
私も見終わったあとかなり引きずりました。

吉田さんのオセローと洋さんのイアゴー。
二人の名優の迫力は凄まじかったです。
スキップ様に「ニナガワ・シェイクスピアの中でmy best」と言わしめるのも納得です。
これぞプロ中のプロの演技でした。
スキップ様のレポ読んでもう一回見たくなってしまいました(汗)
Posted by Franny at 2007年11月26日 21:41
つくづく、もう一度ちゃんと見直したいと
思えてなりませんっ。
今回条件が悪くて、堪能するに至らなかったので・・
それでもいまだに思い出しますね、あのときの心の震えは。
蜷川作品はよく放送されるので期待していましたが、これは噂を聞きません・・ないのかな(泣)

馬渕英俚可さん、そっか「レッツゴー!忍法帖」の
お姫さまだったんですね〜!忘れてました〜。

あんまり〜な感想ですけど、TBさせていただきます。
Posted by しろう at 2007年11月27日 00:16
>スキップさま
オセローは,ヴェニスの商人と同様苦手なのですが,なぜか何度も拝見しています。
これほど主演二人が愛し合っているオセローは初めてでした。
一気に書いたので加筆しなくては…。
Posted by とみ at 2007年11月27日 00:55
♪もこりんさま

ほんとうにすばらしい舞台で、できることならもう一度観たいほどでした。

洋さんも、また新たな一面を見せていただいた思いです。
いや、私たちが知らなかっただけで、元々ああいう顔もお持ちだった
のかもしれません。次はどんな姿でまた私たちの前に登場していただけるか、
とても楽しみですね。
Posted by スキップ at 2007年11月27日 01:24
♪Frannyさま

吉田鋼太郎さんも高橋洋さんも、もともと好きな役者さんではあるのですが
こんなふうに二人が丁々発止と取り組む舞台を観るのは初めてで、その迫力
に大変圧倒されました。
できれば同じキャストでぜひ再演していただきたいですね。
Posted by スキップ at 2007年11月27日 01:31
♪しろうさま

私もできることならもう一度観たいです。
劇場中継はいささか苦手ですが、この舞台ならTVでも観ます・・・
あ、ないのですね(笑)。
やはりテレビ的にネームバリューのある役者さんが主演じゃないと
なかなかTVではオンエアされないのでしょうか。
鋼太郎さん、小栗旬くんの「情熱大陸」には出演されてましたのにね〜(笑)。
Posted by スキップ at 2007年11月27日 01:37
♪とみさま

オセローがデスデモーナのことをmy girlと呼ぶような、実際に年齢の
離れたキャストは今回が初めてというようなことを松岡和子さんが
プログラムに書いていらっしゃいましたが、何作も「オセロー」を
ご覧になったとみさんの目からご覧になっても新鮮なカップルだった
のですね。そんなに愛し合っていたのに不幸な行き違いが起こるのも
人間の業・・・哀しいという言葉では片付けられないものがありますね。
Posted by スキップ at 2007年11月27日 01:45
スキップさん、こんばんは!
「オセロー」大阪公演も素晴らしかったようですね。スキップさんの「ふたつの炎」のたとえ、とっても納得です!この舞台、それぞれの登場人物の背景を感じさせる深い演技に、ただただ圧倒されてしまいました。特に、最後のイアゴーの表情にやられた感じです(笑)。私も、もしかすると、蜷川さんの舞台の中で一番好きかもしれません。
次の「リア王」では吉田さんと高橋さんは親子ですね。こちらも今からとっても楽しみです。
Posted by 恭穂 at 2007年11月27日 19:53
♪恭穂さま

すばらしかったです。
大阪は3日間だけだったのですが、もう少し公演期間が長かったら
絶対リピートしていたと思います。
あのイアゴーの表情、瞳に光る涙、忘れられませんね。
「リア王」もとても楽しみにしています。
鋼太郎さんは3月にはG2の「ガマ王子VSザリガニ魔人」にもご出演
のようで、こちらも楽しみ(?)。ほんとに、幅広いですよね〜(笑)。
Posted by スキップ at 2007年11月28日 02:39
4回目の「オセロー」となった今回の蜷川「オセロー」。あらためて松岡和子訳も読んで脳内再生しつつ、書き出せないでいました。昨晩書き出したらとまらなくなって夜更かししてアップした記事をTBだけさせていただいて寝ようとしたのですが、頭が冴えてなかなか寝付けないという愚挙をおかしました(^^ゞ
鋼太郎オセローと洋イアゴーの最後の目と目の対峙が長かった。濃かった。それについていろいろ考えてしまうとドラマが膨らみました。
蜷川さんが最後の「リア王」と宣言している公演もさい芸の千穐楽チケを確保しました。でもなぁ「身毒丸」だって‘ファイナル’っていいながら‘復活’させてるからなぁ(笑)でも藤原君と平さんじゃ年も違うから本当に最後かもしれないので、気を引き締めて観ようと思っています。
Posted by ぴかちゅう at 2007年12月03日 21:48
♪ぴかちゅうさま

大作のレポ、トラックバックありがとうございます。
4回もご覧になっているぴかちゅうさんならではの視点に
感心することしきりです。
あのオセローとイアゴーの見詰め合う目、それに続く
オセローの最期とイアゴーの目に光る涙は印象的でした。
「リア王」って最後なのですか?内山理名ちゃんでどうだろう、
と一抹の不安はありますが、私も大阪で観るつもりです。
楽しみです。
Posted by スキップ at 2007年12月04日 01:46
まぎらわしい書き方でごめんなさい。今回の公演で4回でなく、「オセロー」観劇体験の合計ですm(_ _)m
オセローとイアゴーの最後の目の対峙のインパクトが強くて、そこを起点に遡って反芻したりもしていました。
蜷川さんが最後の「リア王」と宣言し、さらに平さんと組むのも最後だろうと言っているのをメンバーズの会報か何かで読んだのだと思います。千穐楽で恭穂さんとご一緒になる予定です。
それとよろしければスキップさんの記事をTBしていただけると有難いですm(_ _)m
Posted by ぴかちゅう at 2007年12月04日 02:24
♪ぴかちゅうさま

いえいえ、こちらこそ言葉足らずで失礼しました。
玉三郎さんデズデモーナに始まる「オセロー」観劇歴ということ、
理解いたしております。
辰之助さんのイアゴーなんてもう決して観ることはできませんので、
ご覧になったぴかちゅうさんがうらやましいです。

昨夜トラックバックしたつもりだったのですが、うまく反映されて
いなかったみたいです(涙)。再度トライしてみます。
Posted by スキップ at 2007年12月05日 00:43
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